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東京高等裁判所 昭和33年(う)2393号 判決

被告人 野秋勝夫

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役一年二月に処する。

但し本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

押収のブラザーミシン一台(昭和三〇年東京地方検察庁領第七二〇〇号の一七三四)は被告人から没収し、被告人から金十五万五千円を追徴する。

訴訟費用中原審における分は被告人及び原審相被告人小山正夫の平等負担とし、当審における分は全部被告人の負担とする。

理由

手帳、小切手帳及び金銭出納帳の証拠能力及び証拠調の方法に関する論旨について

所論は原判決は原判決挙示の手帳、小切手帳及び金銭出納帳を証拠物として証拠調をした上原判示事実認定の証拠としたが、右三者はいずれもその物自体の存在が証拠となるものではなく、その記載内容が証拠となるものであるから、刑事訴訟法第三百二十条以下所定の書証としての証拠能力を有することを要件とするものであるところ、右各証拠は到底書証としての証拠能力を有するものとは解せられないから、これらを証拠の用に供した原判決には訴訟手続の法令違反があるというのである。

案ずるに、原審が原判決挙示の手帳、小切手帳及び金銭出納帳を、単なる証拠物として、朗読またはその要旨を告げることをせず展示するだけの証拠調をした上、原判示事実認定の証拠の用に供したものであることは、原審第六回公判調書の記載等に徴しこれを認めざるを得ない。しかして右各証拠物は、本件においてはその物自体の存在が証拠となるのではなく、その記載内容即ち書面の意義が証拠とされているのであるから、書面に準じて証拠能力があるかどうかが判断されなければならぬことはいうまでもない。しかるに原審は右各証拠を単なる証拠物として証拠調をした上証拠の用に供したのであるから、たとえ右三者が証拠能力を有するとしても、その証拠調の方法は刑事訴訟法第三百七条に反する違法のものであることは免れないが、さかのぼつて右各証拠物が書面に準じて刑事訴訟法第三百二十条以下所定の証拠能力を有するかどうかを検討するに、先ず本件手帳は、縦約十一糎、横約七糎の薄いもので、表紙にはdailyと記載されているが内部は各左頁に月日とだけ記載された七つの欄があり、各右頁は単にmemoと記載されているに過ぎないものであり、そして原審相被告人小山正夫の原審公判廷における供述、同人の当審公判廷における証言、同人の検察官に対する昭和三十年七月一日付、同月六日付、同月十二日付供述調書、証人小山米子の原審及び当審公判廷における供述、同人の検察官に対する昭和三十年七月十四日付供述調書によれば、右手帳は右小山正夫方にあつたもので同人の所有に属し、同人が広く取引に関する事項を、単に心覚えのため、断続的に書き留めていたものであり、そして本件の関係部分たる同手帳第六頁のmemo欄のうち金額欄十二行目までは右正夫の妻米子が正夫の指示に基いて記載し、それ以下は右正夫自身が記載したものであることが認められる。されば右手帳は単なる心覚えであつて刑事訴訟法第三百二十三条第三号の書面に該当するものでないことは明らかであるとともに、右正夫及び米子は現に生存しているから右記載部分が同法第三百二十一条第一項第三号によつても証拠能力を有するものでないことは勿論であり、結局右手帳はいずれの意味においても証拠能力を有するものでないといわなければならない。次に本件小切手帳及び金銭出納帳についてみるに、前掲各証拠によれば、右小切手帳及び金銭出納帳は、その記載事項中には正夫の妻米子が正夫の指図に従い記載したものが一部存するけれども、その作成及び内容の正確性について信憑力あるものと認められるから、刑事訴訟法第三百二十三条第三号により証拠能力があるものと解せられる。

以上の次第であるから原判決は本件手帳については、証拠能力を有しないのにこれを証拠の用に供した点において違法であり、また本件小切手帳及び金銭出納帳については、それらはいずれも証拠能力は有するが、その証拠調の方法に誤があり、適法な証拠調がなされておらず従つてこれを証拠となし得ないのに証拠とした点において訴訟手続上の法令違反を犯したものといわなければならない。

しかしながら原判示事実は、挙示の証拠のうち右手帳、小切手帳及び金銭出納帳を除外した爾余の証拠――それは原審相被告人小山正夫の原審公判廷における各供述及び検察官に対する各供述調書が主たるものであるが――によつてもこれを肯認するに十分である。即ち小山正夫の右各供述及び供述調書によれば、小山正夫は被告人に対し、品物としては、昭和二十八年三、四月頃被告人が小山方の工場をみに来たとき家庭用のミシンが欲しいといつたので同年四月七日頃ブラザーミシン一台を買い受けて贈り、現金としては昭和二十九年一月七日頃神田の料亭五鈴で被告人及び被告人の部下の雑品班長村田登を接待しての帰途、被告人が隠し女(石井君子)の処へ行くというので、国電巣鴨駅附近で自動車から降り分れるとき一万円を、同月二十日頃には都庁の用品課事務室で一万円をそれぞれ原判示趣旨の下に供与したのを初めとして同年六月頃まで原判示の如く月二回位、各回一万円位ずつを前同趣旨で供与したものであり、また同年三月中の六万円は右石井君子の転居費用に充てるためのものであつたことがそれぞれ優に認められる。(右各供与の具体的な月日の点については小山正夫が前記手帳等の記載によりその記憶を喚起したものの存することは否めないが、すでに記憶を喚起したものである以上同手帳が独立の証拠となつていないことはいうまでもない)他方被告人は捜査当初以来全面的に本件事実を否認し、ミシンは貰い受けたものではなく単に買受の世話をして貰つただけであり、金員に至つてはこれを受け取つたことは全然なく、また一緒に飲食した時は必ず割前を支払つたと主張しているのであるが、小山正夫が自己をかばいまた被告人を憎む等のために、ことさら事実に反する供述をしているとみるべきふしもなく、記録を精査検討し当審における各般の事実調の結果に徴しても原判決に事実誤認の疑は存しないから、原判決には前記の如き訴訟手続上の法令違反は存するけれども右違法は結局判決には影響なきに帰し、従つて論旨は採用し得ない。

(その余の判決理由は省略する。本件は量刑不当で破棄自判)

(裁判官 長谷川成二 白河六郎 関重夫)

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